- 2026年4月22日
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本尊十一面観音の歴史 その参
『たのもしな 仏は人に みえ寺の 帳を垂れぬ 誓思へば』 一条 兼良(いちじょう かねよし/かねら)という方がおられました。 この方は室町から戦国時代初期にかけてのお公家さんで、応仁の乱の1467年にちょうど関白という地位にあった方です。 この乱で、 […]
『たのもしな 仏は人に みえ寺の 帳を垂れぬ 誓思へば』 一条 兼良(いちじょう かねよし/かねら)という方がおられました。 この方は室町から戦国時代初期にかけてのお公家さんで、応仁の乱の1467年にちょうど関白という地位にあった方です。 この乱で、 […]
戦前の美江寺祭りの写真 山車の上に猩々さんがいます。 猩々は中国の伝説上の怪獣で赤い毛に覆われた人間に似た生き物です。 特にこれといった決まった形があるということではないと思われますが、 赤い毛に覆われた人間に似た生き物-というところは各地の猩々さん […]
庚申信仰(こうしんしんこう)の本尊 青面金剛(しょうめんこんごう) 腕が六本、それぞれの手には、三叉戟(さんさげき)・法輪・剣・弓矢などを持ち、脇に童子を従え、邪鬼を踏みつけ、足元には三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)が刻まれています。 六臂の忿怒尊 […]
美江寺という名について 美江寺、登記上は”みえじ”を読みますが、昔は”みえでら”と呼ぶ人も多かったようです。 縁起にあるように、まるで大蛇のごとく荒れ狂う、河川の氾濫を鎮めるために、美江寺と名付けたと思われます。 「美」うつくしい 「江」川 というの […]
ご本尊十一面観音と夏見廃寺のこと 美江寺縁起によると「伊賀国名張郡伊賀寺に安置されていたものを、美濃本巣郡美江寺(現在の瑞穂市美江寺)の里に移したのである。」とされています。 伊賀寺というのは、伊賀にあるお寺ということで、今でいえば東京の大学、つまり […]
伝教大師坐像 天台宗の祖・伝教大師 最澄の坐像。 裏書には文政四年(1821)の年記とともに、大師一千年遠忌の報恩として新たに造立された旨が記されています。 この造立は当時の美江寺住職・智霊大阿闍梨によるものとみられ、祖師信仰と再興の動きを伝える資料 […]
今年は早くも桜満開 お地蔵さんも、桜見物としゃれこんでます。 このお地蔵さんは、台座に享保と書いてあるように江戸時代に奉納されたものと思われます。 戒名は「釋尼妙春」さん 美江寺門前とあるのでお近くに住んでおられた方のようです。 美江寺は天台宗ですの […]
岐阜空襲で焼けた美江寺仁王門 戦前の美江寺の絵葉書から・・・ 7年ほど前「國學院大學研究開発推進機構学術資料センター」の先生からご連絡をいただき、美江寺の戦前の絵葉書が残されていることを知りました。 どなたかの手元にあったものを、大学に提供されたと聞 […]
薬師如来・十二神将厨子入群像 中央に薬師如来、左右に日光・月光菩薩、前面に十二神将を配した厨子入群像。 薬師信仰は疫病除け・延命祈願として江戸時代に広まり、本像もその現世救済的信仰を象徴する作例です。
江戸初期の厨子入弁財天十五童子像。 江戸時代には、家庭や寺院内で祈願するための厨子入仏像が多く制作されました。 「弘法大師作」と伝える中世伝承を基に、江戸初期・寛永九年に大仏師法橋大蔵が補作し再編された弁財天十五童子像である。